2015年1月8日木曜日

「素晴ラシキFUN!TASY」から見出す現代社会を生き抜く作法

すばらーすばらーすばらーしきふぁーんたじーあーげーるー♪


このフレーズだけで、体を左右に揺らしながら歌うミュースちゃんを思い出して鼻息が荒くなる人も多いのではないだろうか。言うまでもないが、これは京都アニメーション製作の2014年秋アニメ『天城ブリリアントパーク』第9話の挿入歌である『素晴ラシキFUN!TASY』のサビの出だしである。
サビのメロディーの中毒性やミュースちゃんの太ももの印象が強いためスルーされがちなのだが、実はこの曲、歌詞が意外と示唆的なのだ。

   ◆

例えば、一番のシルフィーちゃんが歌う

曖昧なもの 排除してると 折れちゃう心 またUNLUCKY!?

というフレーズを眺めてみよう。どんな事柄に対しても、とにかく“白黒”、“善悪”、“因果”、“右左”、“ゼロイチ”が決まらないと気が済まない、「曖昧さという複雑性を受け入れる器量のない脆弱な実存を抱えた人々」に対する緩やかなアドバイスとみることができないだろうか。

“世界はそんなに単純じゃないよ。自分が「クソだ!」って思ってることが相手にとっては「最高!」だったり、良かれと思ってやったことが友達を傷つけちゃったり、「敵を潰したぜ!」と思いきや状況はもっと酷くなったり。そんなの日常茶飯事じゃん。なのに、ヒステリックに自分の気に食わないものを排除して、わかりやすーい極端なものばっかり集めて自分のヒヨワな実存を守っているようなヘタレばっかり。だっさー。それでいいの?その先あるのはディストピアだと思うよ。”

そう諭してくれているのではないか。


別のフレーズを取り上げよう

ほら当たり前は 偶然じゃなく 奇跡なんだってば 信じてみてよ

ラストサビ前である。
「当たり前」とはなんだろうか。その直前のフレーズを振り返ってみよう。雨が降ること、風が吹くこと、大地が支えてくれること、灯火が照らしてくれること。そう、「当たり前」とは、この〈世界〉そのものであり、この世界を主観的に生きる〈私〉という存在である。

「なぜ世界はこの世界であり別の世界でないのか」
「なぜ私は私でありアナタではないのか」
もちろん、神を措定すればわかりやすい答えを与えることができるだろう。しかし、かの哲学者カントが言ったように、地道に前提を辿っていく作法では、永久にこれらの問の答えにはたどり着けない。
世界は、私は、本質的に未規定なのだ。*1

“この世界も、そしてこの私も、誰か(何か)がそう決めたわけじゃなくただここに存在する。それだけなんだよ。でもこの事実ってすごくない?そりゃぁ「神様が世界(私)を作ったんだ!」と思い込んだり、「いや、この世界ができたのも私が生まれたのも単なる偶然さ。別にこの世界(私)じゃなくてもいいんだよ」と開き直ったりもできると思うよ。でもさ、いくらそうやったって、神様の存在証明はできないし、私は私じゃん?だったらいっそ、この「奇跡」をありのまま感じ取ろうよ。そうすれば私達は胸を張って生きていけるはずだよ。“

そんなメッセージがこのフレーズには込められているのではないだろうか。

   ◆

代わり映えのない現実。そんな現実も、この「奇跡」の上にあるのだ。
脆弱な実存を捨て、世界の複雑さと事実性を受け入れよ。
さすれば、現実も、ふとした瞬間に幻想的で強度(FUN!)溢れるものに変容しうる。

スバラ スバラ 素晴ラシキFUN!TASY あげる
現実と幻想の パラレルワールド


まさしく、僕達の生きる世界は「素晴ラシキFUN!TASY」なのである。


*1: 詳しくは宮台真司著『「世界」はそもそもデタラメである 』、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』などを参照のこと。

2014年12月16日火曜日

博士課程一問一答

博士課程 Advent Calendar 2014 のエントリーです。

1回目のテンプレをお借りしました。

 

Q0. 筆者プロフィール

現在: 素数大JK
以前: 素数大(電気・情報系) → 素数大修士(画像圧縮符号化・画像処理の研究) → 素数大博士(画像処理・信号処理・最適化の研究)

大学は同じですが、学部・修士→博士→現在の職場で研究室を変わっています。
研究では無限次元に居たりしますが、実際は二次元が好きです。


Q1. 博士課程ってなんですか

研究をしておまんまを食べていくための免許(博士号)を取るための訓練期間です。
具体的には大学卒業後、大学院に進学し、(通常は)修士2年+博士3年間で訓練を行います。
より具体的には、ひとつの研究室に所属し、そこのボス(大抵、教授 or 准教授)から
「頭が死ぬほどファックするまでシゴいて(意訳:研究指導)やる!ケツの穴でミルクを飲むようになるまでシゴき(意訳:研究指導)倒す!」
と某軍曹並の指導を受けながらしこしこ研究をします。


Q2. なんで博士課程に進学するんですか

「むしろなんで博士課程に進学しないんですか」

...真面目に答えると、理由は様々ですが、基本的には前述した博士号を取るためです。
僕の場合は、1. 大学教員になりたかった(理系の場合は博士号ほぼ必須)、2. 研究がそれなりに好きだった(今は怪しい)、3. ”頭が良い”人達が多く居る環境に身を置きたかった(そっちのほうが面白い)からです。
 

Q3. 普段どんな生活してんのさ

博士時代は、ゼミのある日は朝9時、無い日は昼過ぎか夕方か夜に研究室に行ってだらだらしていました。気分が乗ったら研究したりしてましたが、〆切直前じゃないと気分が乗らないことがほとんどなのでたいていは研究に関係ない本を読んだり雑談したり声優ラジオ聴いたりネトサしてました。
まぁ各研究室における最低限のルールに従いつつ、修了要件(よくあるのはジャーナル2、3本)を満たせればどんな生活スタイルでもいいんじゃないすか。ゆるく楽しく生きるのが一番だと思ってます。


Q4. 在学時の金銭問題に関して一言

学振(DC1)の給料20万弱で家賃・税金・保険料・光熱費・生活費等をやりくりしていました。ボーナスもなければ、福利厚生もない上に、学振をとっていると原則バイト不可なので、東京一人暮らしの身としてはキツキツでしたね。
学振給料に関しては、地方・実家暮らしと受給額が一緒ってのはちょっとなーと思っていました。
 

Q5. 学振について

DC1に面接免除で採用でした。
当時の業績は、レター1本+国際会議2件+国内会議数件だったかな。
給料(キツキツでしたが)・研究費共に助けられました。


Q6. インターンについて

行ってないですね。メリット・デメリットあるでしょうが、好きにすればでFA。
僕の場合、行くなら海外の有名研究者と一緒に仕事してコネ作っとくのがいいかな、と思ってましたが、海外で長期間生活したくない(海外出張すらめんどい)ので結局やめました。


Q7. 楽しいこと3つ

  • 二次元コンテンツ(アニメ・エロゲ・マンガ・ラノベ等)の消費
  • お酒 with おいしいごはんの消費
  • 下ネタで盛り上がる


Q8. つらいこと3つ

  • 人生に意味を求めず強度(楽しさ等)を味わいたいのにそれが満足に実践できていないという実存的問題
  • 論文書きたくない
  • 論文書きたくない


Q9. 現時点で後悔していること

「人生なんて、現在進行形で黒歴史」
 

Q10. 博士課程に向いている人

知らん。自分で考えろ。



以上です。

2012年8月20日月曜日

開始

思い立ったが吉日,ということでブログ(というか雑記)めいたものを始めてみようかなと.
十中八九,更新は不定期であり,エンターテイメント的な代物も皆無な内容になると思われる.
あと,気が向いたら,本当に気が向いたら,各エントリーの英語版もUPしていきたい.気が向いたら.

些か唐突ではあるが,せっかくなので,何か一つの題材に関して書き綴ろうかと思う.
今回は「数学と僕」.

遡ること約10年,僕が中学3年の頃,数学は僕にとって一番苦手な科目だった.
確か高校受験の試験結果も数学が一番悪かったはずだ.
高校に入って,少し苦手意識が薄れたものの1,依然として安定した点数を取ることはできなかった.
その後も,模試などでたまたま問題が解けて高得点が取れることはあったが,結局,某大学の前期試験では1完2すら出来なかった.
あの頃の数学は,少なくとも僕にとって,曖昧で離散的で,そのくせ浅く狭く閉じた,“一試験科目の”数学という枠を一切はみ出ることのない,云わば雨上がりのアスファルト上にできた複数の水たまりのようなものだった.

後期試験を運良くパスし,現在の大学に入ることになった僕は,学部3年まで数学と距離を置くことになる.
とは言え,僕が所属していたのは情報工学部であり,物理的(という表現が適切かどうかは疑問ではあるが)にそれは不可能だった3
では,数学の何から距離を置いたのか―それは,理解,である.
ただひたすら,試験前に過去問を解き,作業感覚で単位を取得していった.
本質を視る事象は一切生起しなかった.
非常に愚かだった.

転機は右斜め上から訪れる.
学部4年になり,研究室に所属した僕は,輪読4に参加することになる.
当時の輪読本の一冊は画像圧縮符号化技術5に関するものだったが,一言で表せば,線形代数だった.
しかし,その本の中では,線形代数の知見が連続性・ストーリー性をもって有効活用されていたのである.
固有ベクトルや直交行列などが鮮やかにその本質を映し出しながら視界を横切っていった.
それらは,穿たれたジェンガの隙間を埋めるように,ひとつの技術を象るのである.
中高の数学教師が頭を悩ます「数学って何の役に立つの?」という質問に対する直接的な回答のひとつが確かに在った.
革命的だった.

これを機に6,研究にのめり込んでいった僕は,トップダウン式で数学を勉強した.
そして現在,博士課程一年にしてやっと,数学の醍醐味のごく一部を咀嚼しているように思う.
そのひとつが,“厳密な抽象性”である.
これに関しては,具体例(抽象的なのに)を織り交ぜつつ,また別のエントリーで詳しく取り上げる予定だ.

何はともあれ,昔は数学が苦手だった少年が,今や数学を駆使する分野で研究を楽しんでいる7のだから,人生わからないものである.






1 これは恐らく数Ⅰの内容が割と自分にとって理解しやすかったからであると思う.
2 大問を一つ完答すること.
3 ほぼ全ての情報系の科目に数学が関連している.
4 一冊の専門書を研究室の皆で読み進めること.
5 デジタル動画像を画質の劣化を抑えつつコンパクトな情報量で表現する技術.
6 他の理由もあるが,それはまた別の機会にでも.
7 今でも数学が得意になったとは到底思わないが.